あの子と猫とくしゃみとわたし
好きな人が「猫のくしゃみみたい」と言ったから、わたしは自分のそれを好きになりました。
ぶえっくしょい、はっくしょいは、わたしがこの世で一番恐れる音の一つです。
自分のそれさえ怖いから、口を閉じたままぐじゅんと不恰好なくしゃみをします。
さる国ではGod Bless youなんて言葉をかける習慣があるそうですが、とてもそんな余裕はありません。身の危険が、降りかかっているのです。肩を縮こまらせて、自分を守るのに必死です。大きければ大きいほどわたしの不安を増大させるそいつは、例え愛する家族のものであっても、例外というカテゴリーには入ってくれないのです。
かといって、くしゃみ禁止なんていうつもりはなく、わたしの心地良さに関する権利を行使するために他人の生理反応を害するのはわたしのルールに反します。
なんにしろ今日からわたしはくしゃみをするたびに、ねこっとふわっと浮遊感を楽しむのでしょう。
猫が好きなところ、食べるのが遅いところ、使う文法、読み書きが好きなところが似ている彼女と過ごす時間は、足を、腰を、尻を、腹を、胸を、首を顔を頭を撫でさすり身体の輪郭を確かめるように、わたしという人間の輪郭を確かめる時間でもあります。
そうしてわたしたちはそれぞれにこれで良いのだという素敵な諦念とふくふくした心で、また会おうねと言って別れるのです。