あの子のこと
太陽がギラギラ。
冷房がない塾の事務室からひんやりクーラーの効いた教室に呼び出され、わたしはそれを聞かされることとなりました。
あの子が死んだ、という知らせでした。
底冷えがするほど人工的に冷やされた空気と、真っ白な壁、生徒が授業を受けるための机が整列したあの日の教室、温度、聞こえてくる声を、はっきりと覚えています。流れ落ちる雫がポタポタと水色のスカートを濡らしました。立ち上がるときに手をついた机は冷たかった。
8月1日、飛び込んできた昨年度の生徒の訃報。
勤務に行くと、気分転換に10分くらい話しに来て、わたしの「そろそろ勉強して」という言葉で自習室に帰っていく、そんな子でした。
可愛がっていた自覚はあって、もう一度くらいは会えるはずと信じて疑いませんでした。ひょっこり校舎に顔を出してくれると思っていました。なんだか今もそんな気がしています。
憎まれ口を叩いてもみんなに許されてしまう愛嬌のある18歳の青年。
彼がこの世から居なくなったという事実はわたしを動揺させ、胸を物理的にぢくぢく痛めつけました。
存在は知っていたけれどどこか遠くに感じていた、わたしより若い生徒の死がぬらりと出て来てそこかしこにこびりつきます。
生徒に願うことも変わりました。
大学受験のための予備校ですから、大学合格が、一番でした。
でも、見ている200名を超える生徒たちに今願うことは、生きていて欲しい、ということ。できれば笑顔で。
合格実績よりもそれを願ってしまうわたしに塾の人は向いていないかもしれません。
このことはブログに書こうかどうか、迷って、結局書いてしまいました。
あの時の痛みや、今もなお続く喪失感、考えの変化を、自分のために書いておこうと思ったのです。だから、これはわたしのための記録。彼を悼む気持ちはあるけど、そのための文章ではありません。
悲しくてしようのない時に、一瞬だけ、ご家族の方がもっと辛いだろう、という考えが浮かんできました。でも、悲しさや、辛さの大きさを比べることはできません。わたしの悲しみは、わたしだけのものです。危ない危ない。苦しんでいる人に「でも他の人はもっと苦しいんだから頑張りなさいもしくは我慢しなさい、あなたの苦しみは大したものじゃないの」と言う人になってしまうところでした。わたしは「そうか、苦しいね。わたしはあなたではないから全部はわからないけど、その苦しさを聞いていることはできるよ。」「全てではないけど、わかるよ。」と言える人になりたいのです。その対象がたとえ自分であっても。